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女将 女将奮闘記
サイト開設までの経緯編 vol.8
秘書かきものか
私は、中川オフィスに通いながら、「何を」始めるかを悩み続けました。 ゼロベースからのスタートと考えていたので、考えられるあらゆる可能性を想定してみました。
私は企業の中での多くの人が、対人関係からくるストレスで病に なっていると思っていたし、コミュニケーションの大切さを実感していたので、言葉だけではない、何らかのコミュニケーション手法を考え出せないかなんて考えていました。

でも、私には心理学等の学問的な専門性が足りないので、その分野の先進国アメリカに行って学んだ上で、自分なりのメソッドを作り出そうなんて大胆なことを思っていたんです。 それは人助けのように思えました。 でも、この案は、家族のことや、実現までに時間がかかりそうなことで、暗礁に乗り上げました。

今井先生からも、「もう学校に行くのはお止めなさい」と言われました。
先生は、「もう時間がない」という意味でおっしゃったようなのですが、私は、「習う」ことに終着点は無いから、習い始めたらいつまでも習わなくていけないと妙に納得しました。
そこで、習うのではなく、今有る力を精一杯引き出そうと思いました。

可能性の中に、好きなことという意味で「きもの」がありました。 きものは、会社を辞めて、ほっとした自分らしさを取り戻した ときに何気なく出てきたものです。

呉服業界のデータ分析をして、問題点や衰退程度などを 把握した上で、自分に何ができるのかと考えて、3案を作りました。 2案は、初心者用のきものの販売で、3案目の牛首紬の販売は、一番実現困難なものに思えました。

それから秘書です。 キャリアを大切にという登茂子先生の言葉を大切にして、 ネットでいかに秘書業務を行うかを考えました。 そして、ネットを利用した秘書業務と、きもの販売についての計画書を作って中川社長の所に持って行きました。 これは6月中旬で、退職後2ケ月半が過ぎていました。

中川社長は、きもの販売なら牛首紬などの高級品販売が 面白いと言われた上で、経験がある秘書でスタートしたらどうかとアドバイス下さいました。

そろそろ行動に移りたいと思っていた私は、さっそく秘書業務をネットで行おうと、より詳細な内容を考えたのですが、もし大手企業が同じ内容のサービスを実施したら簡単に負けてしまいそうなものしか思いつきませんでした。 そして何よりも、もう秘書業務に興味が沸かないという思いがはっきり自覚できました。

残るは、きものしか有りません。

秘書かきものかの決着は、きものに落ち着きました。

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