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[ サイト開設までの経緯編
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| サイト開設までの経緯編 vol.17 |
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| 私が作ったトップページでは、3,000円の物しか売れないと、OSMCの先輩に言われてから、力があるトップページとは何かを
考えました。 |
漠然と力と言っても分からないので、何人かの先輩に教えを乞うと、 それはとても難しい問題だと言われるだけでした。
でも、高額品の場合は、沢山の説明文や実物に近い美しい画像 が不可欠だということが段々分かってきました。 それからは、商品を画面で正しく表現するために、何回も牛首紬を見たり触ったりして、この色はどんな言葉で表現するのか、
この質感は何なのかと、牛首紬と正面から向き合いました。
乏しい私の知識や経験からは、搾り出すものが無かったので、参考になりそうだと思われる、きものに関する本を総動員して、 説明文を書き始めました。
1つの商品について1ページ、無から有を作り出すのは大変でしたが、とにかく書き込んでいきました。 何とか使えるようになっていたホームページ作成ソフトを使い、毎日20時間近い作業でした。
フォントの色や大きさを様々に変えてみたり、画像の大きさや 色調をコントロールしてみたり、そのために他のサイトを研究したり、といくら時間があっても足りませんでした。
ソースを掃除する方法などの技術力も、どれくらいのフォントの大きさが見やすいかという見る目も、その頃の私には無くて、 ただただ、あれこれやってみるだけでした。
この時の模索状況は、その後も私のサイトのソースにしっかり形として残っていました。 フォント変更やテーブル修正の前の形が掃除されずに汚く残っていたのです。
この時期の積み重ねがあってこそ、こちらが良いと言える今があって、それでもまだまだ見えない部分は沢山あって、それは着実な日々を今後も重ねていくことでしか到達できないと思います。
この時期は、頭の中がサイト作成の事で一杯で、人の声も聞こえず、TVの音も耳をかすめ、食事も食べたかどうか思い出そうとしても思い出せずの有り様でした。
心配して電話してくださる方々や会って食事でもと言って下さる 方々のお誘いも全てお断りして、1秒でも惜しい状態でした。
4ケ月後にやっと美容院に行った時に、とても痛んでいる髪を 知って、ああ髪にクシも通さなかったと自分を笑ってしまいました。 こんな大変な時期のある日、高校生の息子がぽつりと言いました。「お母さん、楽しそうでいいね。」って。
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